「有機電子物性研究」の必要性について
安西氏の著書より
まえがき |
私は理科大の2年の頃、学部での知識では余りにも一般的だと考え、密かに大学院を目指す |
準備を進めていた。その為、同僚からは付き合いの悪い奴と感じられていた。 |
運よく、東大の化学系化学専攻課程の有機合成部門に入学出来、その後も順調に合成が進ん |
で博士課程に進学したが、当時は非常に厳しくて、私大からの学位取得は修了予定期間では |
困難であった。 一年延長し、学位論文提出を終えた頃、指導教官から、「将来の希望・方 |
向を話してくれ。」と仰られて、私は「私がお話しすると、先生は怒り出すに違いないから遠慮し |
ます。」と言ったら、「怒らないから話してくれ。」とのことで、「東大の有機合成はレベルがどちら |
かと言うと低い感じがして、合成で研究を今後しないつもりです。」とお答えすると、案の定、「何 |
を言うか、けしからん。」と人ケリされたので、「だからお話ししたくなかったのです。」と言うと、 |
ニコニコしながら「分かった。もう怒らないから話してくれて。」とのことでした。そこで「有機合成を |
武器にして、有機化合物の分子構造と物性、それらの分子が構成する結晶構造とその物性を |
体系化する研究をしたいと思います。」とお答えすると、しばらく考えられていたが「私の講座で |
自分から将来の方向をはっきり言ったのは君が初めてだ、確かに有機合成で進んだのではド |
ングリの背比べで東大の合成では苦労するな、君の言っている方向はまだ誰もやっていないの |
で更に苦労するぞ、しかし、やればやったなりに成果は評価される。待っていなさい、そちらの方 |
向に適した研究所を考えておいて上げよう。」とおっしゃられた。非常にうれしかった。 |
東大もピンからキリまであり、私の指導をされたのは指導教官の下の助教授だったが、非常に |
タチの悪い助教授だった。それに引き換え指導教官は非常に立派な方だった。 |
これが幸いして、有機合成出身者の著者が合成にはおおよそ縁の無い電子技術総合研究所 |
に入所する羽目になり、不幸にもエレクトロニックスに関連した有機半導体の研究に従事しなけ |
ればならない事になってしまった。その結果、私にとって大問題であった「有機合成とエレクトロニ |
ックスどう結びつけるべきか」を幸いにも必死でかんがえねばならないチャンスがあたえられた。 |
入所以来、金属、半導体、絶縁物などの固有物性の勉強、さらに難解な超伝導、磁性の勉強や |
有機半導体や導電性有機物の合成とそれらの結晶生成の研究で大分悪戦苦闘を強いられて |
来たことから、有機物の材料研究のためのテーマ、研究計画などの設定を容易ににするための |
指導原理を確立すべきことを痛感させられた。 |
それには多くの研究者によって蓄積された研究成果を整理し有機物質の分子構造とそれらによ |
って構成される結晶構造との関係、さらにそれらの結晶構造とその結晶が持っている電子物性 |
との関係を明らかにし、有機物の構造から有機物全体の物性を体系的に網羅して理解すること |
であり、これこそまさに確立すべき指導原理である。これまでの調査および我々の研究結果など |
から、有機物の構造と電子物性との関係は個々の分子のσ結合系およびπ電子による共役系 |
と分子間のファン・デル・ワールス相互作用、双極子ー双極子相互作用、クーロン相互作用など |
の凝集力の相違によって体系的にほとんど対応づけられることに気が付いた。 |
そこで分子間の弱い凝集力の結晶から強い凝集力の結晶までのそれぞれの物性を対応づけて |
体系化してみた。この体系が指導原理となって研究対象とする物性を具備した有機物質の構造 |
を予測することが出来るし、このような予測によって研究を間違った方向に進むのを防ぐことも、 |
できるだけ無駄な努力をせずに研究を進めることも、研究テーマや研究計画をたてることも可能 |
で、著者ら自身の有機物の物性に関連した研究活動に大変役たってきた。 |
有機物質の構造と物性との関係の体系は、私自身の中心的課題であった。このテーマについて |
化学、物理学の基礎を学んでいれば、十分理解できるように何とかお話したいと思います。 |
第1に有機物質の構造と物性との関係についてであり、有機電子物性の流れ、その応用例な |
どや有機電子物性研究の必要性。 |
第2では有機結晶の物性は、その構成分子の性質に反映された集合体の性質になる。 |
また、集合体の性質は分子間の凝集力によって支配されること。有機分子を特徴づける要素 |
有機分子の構造と性質の関係、分子レベルの性質などを述べる。 |
第3では分子間凝集力としての分子間相互作用について |
(1)ファン・デル・ワールス力による相互作用(van der Waals' force)や |
(2)局所的な静電的相互作用としての水素結合、 |
(3)双極子ー双極子相互作用、 |
(4)クーロン力(Coulomb' s force) による相互作用(略してクーロン相互作用)について |
できる限り分子構造と関連づけてそれぞれ述べてある。 |
第4では、比較的弱い凝集力の分子集合体の物性と、強力な凝集力で成り立っている分子集 |
合体の物性についてまとめたある。 |
第5章には本書で補足すべき点、学際領域研究の重要性についてのべている。 |
最後にまとめを述べることにする。 |
このお話では次の事項に重点を置いている。 |
(1)非結晶は構成分子と電子物性との関わりを明確にすることが困難なために |
主に低分子の結晶を対象にした。 |
(2)主として電子物性について述べる。 |
(3)物理的外部刺激に対する物理的応答性物質に重点を置く。 |
(4)構造と電子物性の関係に重点を置く。 |
安西弘之:電総研彙報、51、825(1987). |
2015年4月安西さん
(今でこそ、東大の大学院には理科大から毎年100名前後の者が入り東大大学院の予備校との汚名?もいただいている様な始末ですが、60年前は少なかったです。 )